今、加藤秀俊著「人間関係」(中公新書)を読んでいる。
そこに出てくる言葉「まじわる」が私の中でパチンと弾けた。
あぁ、そうだ。私は「まじわりたい」のだ。
「繋がる」という言葉に、なんだかわからないけど、腑に落ちない感じをずっと抱いていた。
私は、「繋がり」を求めているのでなく、「まじわり」を求めていたのだと、はっきり分かった。
「繋がり」は、離れているものが一続きになる、関係がある、など。「まじわる(交わる)」(加藤先生は著書の中でまじわる、と表記されている)は、関係がある、などに加え、ぶつかる、とけ合うといった意味もあるようだ。
イメージ的に、「繋がる」は、点と点を繋げてライン化したような感じ。「まじわる」は、もっと複雑に絡んでいたりする感じ。つまり、どちらも同じ「関係がある」という意味をもつだが、「まじわる」のほうが、その関係性に深さを感じるということである。
だから、「繋がる」では、なんだか物足りなさを感じていたのだと思う。
繋がることも大切。でも、クリック一つで繋がることができる今の時代、繋がることは案外簡単にできてしまうような気がして。私が求める人との繋がりは、「繋がる」だけでは物足りないのだ。私は人と「まじわりたい」と思っている。
by ayu
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